Vol.9
INTERVIEW

「人間に興味がある」
研究者が教える海の生態学

~鹿児島県民の生活が干潟に与える影響とは?

山本 智子

水産学部 教授

山本智子先生は、生物と環境との関わりを明らかにする生態学の中でも、群集生態学を専門としています。実は生き物自体が好きなわけではなく、むしろ生き物の暮らしに影響する人間の在り様に関心があったそうです。「海の生物と人との関わり方には季節性、地域性がある」と話す山本先生に、研究の魅力を伺いました。

プロフィール

山本 智子

山本 智子 1966年兵庫県生まれ。京都大学理学修士、京都大学博士課程修了。博士(理学)。専門は群集生態学。鹿児島大学水産学部附属水産実験所助手に就任、水産学部助教、准教授を経て、2016年5月より現職。「海岸動物の生態学入門:ベントスの多様性に学ぶ」編著。「高尾野川河口周辺の生きものたち」編著。

干潟・マングローブの水底で暮らす生物を研究

―先生の研究テーマについて教えてください。

分野としては生態学、つまり生物と環境との関わりです。
例えば、餌が増えたら個体数が増えることはイメージしやすいと思います。「どんな環境だと、どんな生物が生息するのか」「どういう環境下だとどのように生きるのか」ということを調べています。

中でも私の専門は群集生態学。群衆とは同じ環境で生活し、食う・食われる、競争、共生といった種間関係がある複数種の集まりです。複数種の生物をまとめて調査し、どのように影響し合うのかをみています。

―どんな生物を研究対象にしているのですか。

干潟やマングローブで、無脊椎動物の中でも「ベントス」と呼ばれる生き方をする底生生物を研究しています。ゴカイ、ヒトデ、ウニ…。水底を這い回ったり、水底や壁面に付着したりして、地面や壁にくっついて生活する人たちですね。
水産学部ですが実は魚はあまり扱っていません。魚は移動ができるので環境との関わりが見えにくいんですよね…。

―以前から干潟やマングローブなどの浅瀬に住む生物をメインに研究されていたのですか。

いえ、私のキャッチフレーズは「浅いところから深いところまで」で、対象生物・場所はあまり限定していません。

鹿児島大学着任前は、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の特別研究員として深海も調査していました。海底から温泉が湧いていたり、硫化水素やメタンが噴き出したりしているような厳しい環境で、化学合成しながら生きている群衆生物です。
干上がることもある浅瀬もまた厳しい環境なので、置かれている状況が意外と似ているんですよ。

研究者じゃなければ「和菓子職人」になっていた?

―先生が生態学の研究者を志したのはなぜですか。やはり子供のころから生物が好きだったのでしょうか。

実は生き物を好きだったことは一度もなく、ペットを飼った経験もありません。
生態学の分野は、昔からすごく生き物好きだったという研究者が多く、先輩たちからも「昆虫少年だった」「子供のころから日本野鳥の会に入っていた」という話をよく聞きます。

でも私がこの道に進んだ理由の一つは、「研究者」になりたかったから。
進路を考える時期に環境問題が話題になり始めていて、「人間がコントロールできない野外で、生き物に何が起きているのか」ということに興味が湧きました。そして、生き物である人間が生き物をみて解釈することに意義を感じたんです。この先AIがどんなに進化しても代われない領域だと思いました。

それから、生物単体というよりむしろ、生き物と関わる人の在り様に関心がありました。
例えば日本において、人と海の生き物との関わりには季節性、地域性があります。季節の変化に合わせて人は生活しているし、地域によって水産物の呼び方・利用方法は変わります。そこに強く惹かれたんです。日本で生まれ、日本の文化の中で育ってきた自分を活かせる分野だと思いました。

研究者になっていなかったら、和菓子の職人になっていたかもしれません。季節や地域によって変化する日本的なものという意味では共通しているので…。

―研究されていて、人間と海の生き物との関わりを強く意識するのはどんな点ですか。

干潟やマングローブの環境は、陸上での人間の生活と強く結びついています。
日本の干潟やマングローブは、基本的に河口域にできます。生物の餌になる有機物は、淡水性の藻類の死骸、淡水生の植物プランクトンやその死骸、それらを食べている昆虫などの死骸…。つまり生物の生産の大本は、すべて植物の光合成によるものです。陸上植物は海の植物より圧倒的に光合成のパワーが高いので、干潟やマングローブの生物は、陸上植物の光合成に依存していると言っていいでしょう。

陸の土地利用の状況によって流れ込む餌の量は変わりますし、下水や工場排水には植物の成長を促進する(しすぎる)物質(栄養塩)が含まれています。農薬など生物にとって有害な物質が流れ込むこともありますよね。陸上からのインプットはかなり重要になります。

―鹿児島は、人間の生活と海との関わりが強い地域と言えるのでしょうか。

鹿児島はもちろん、九州・沖縄は、海と人間の生活域との距離がとても近い地域です。
鹿児島で海に調査に行くと、どの海岸にもヒジキなどの海藻やウニを採っている一般の方がいますが、瀬戸内海あたりから西の地域に特徴的な風景だと思います。例えば東北だと、冷たい海に落ちることは死につながるので、海産物を採るのはプロの仕事。一般人が気軽にすることではありません。

また、九州は東北ほど漁獲量がないので、半農半漁のスタイルで生活をしてきた歴史があります。陸では田を耕し、海に漁に出る。そして田の環境が海にも影響するということを自然と理解してきました。皆さん自分の生活が海とつながっていることをある程度認識していて、私にとってはとても心地いいです。

―鹿児島ならではの研究の難しさなどはありますか。

人と海との距離がとても近い分、誰がどのタイミングでその生息域をかく乱したか把握できないという点でしょうか。東北など海岸では漁業者のみが生き物を獲る地域であれば、漁協に確認すれば「何月から何月まで漁をしているから、この生物はこれくらい獲られている」ということがある程度わかります。
しかし鹿児島では、誰がどんな生物をどれくらい獲っているか、誰にも把握できないのが悩ましいですね。

学問の魅力は、「興味」を軸に世代や立場を超えてつながれること

―2022年後期の公開授業は「無脊椎動物学」を担当されたそうですね。

授業では、それぞれの分類群の特徴と、進化を経て複雑化していく過程をお伝えしています。
受講者からメールをいただくことも多く、「海岸でこんな生物を見たのですが、この授業のこの部分とはどう関係しますか」というような質問もありました。また、昔大学で生物学をされていたというご高齢の受講者からは、「懐かしい」という感想をいただきました。それほど日進月歩の分野ではないので、昔学んだ内容とあまり変わらなかったんでしょうね(笑)

―最後に、生態学や公開授業に興味がある方にメッセージをお願いします。

この分野を学んでいると、一見異なる世界が実はつながっていることに気づきます。
陸の生き物である我々の生活圏で起きたことが、海岸に影響が出ていることを示す研究はいくつもあります。事例だけでなくそのシステムを知ることで、自分の生活圏を見る目が変わるはずです。

また、生物と人間との関わり方についても、季節の変化や地域の違いがよりわかるようになりますから、例えば旅先での楽しみも増えるのではないでしょうか。

学問の魅力の一つは、「興味」を軸に世代や立場を超えてつながれることです。生物学は特に顕著な領域だと思います。小中学生対象の観察会に行くと、子供たちはもちろん、手伝ってくれる学生から付き添いの大人まで、世代を問わずみんな興味津々です。公開講座では新型コロナウイルス感染対策の関係もあり、受講生同士の交流はあまり促進できていない状況ですが、ぜひ好きな分野を共に学び、本音で語り合える面白さを体験していただきたいです。

(インタビュー実施日:2023/2/9)

※撮影のため発声していない状態でマスクを一時的に外しています。
※2023年前期は、山本先生の公開授業の予定はありません

 

 

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