Vol.8
INTERVIEW

身近なモノを使った
実験で伝える
「非線形物理学」

~魅力的な授業は、自分が面白がることから始まる

秦 浩起

理学部 物理・宇宙プログラム 准教授

秦浩起先生の授業では、風船やメジャーなど身近な物を使ったさまざまな実験が繰り広げられます。現在の専門分野に興味を持ったきっかけは、「自分が大学時代に受けた中で、先生が一番面白がって話されていた授業だったから」と言う秦先生。自身の授業でもまずは自分が面白がること、そして受講生が自宅でも簡単に再現できる実験にすることを心掛けています。そんな先生の研究テーマは「カオスを中心とした非線形物理学」。あまり聞き馴染みのない言葉ですが、一体どんなことを研究しているのでしょうか。

プロフィール

秦 浩起

1985年九州大学理学部卒業、1990年九州大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。鹿児島大学理学部講師、准教授などを経て、2020年4月より現職。専門分野は、非線形科学、統計物理学。「小・中・高校生の理科活動もできる限り応援をしたい」と、鹿児島県内外の多くの学校で出前授業を開くほか、県内の高校でスーパーサイエンスハイスクール運営指導委員会委員等も務めている。日本物理学会、形の科学会所属。

世の中は非線形だらけ…。でも非線形物理を研究する大学は多くない

―「カオスを中心とした非線形物理学」を研究テーマにされていると伺いました。「カオス」は「混沌」「無秩序」などを意味する言葉として聞くことはありますが、物理学の世界ではどんなものを指すのでしょうか。

「カオス」を言葉だけで説明しようとするとなかなか伝わりにくいと思いますので、まずこちらの実験を見ていただこうと思います。

輪ゴムで留めた人形とU字型のおもりが一体の振り子になり、ブランコのように前後に揺れています。黒い土台にはおもり(磁石)の動きを感知する仕組みと電池が入っていて、まるでお母さんがブランコに乗った子供の背中を押しているように、おもりが通り過ぎる時に押すことを繰り返します。(見てわかるように)これは規則的な動きですね。

ここで、輪ゴムを外してみます。すると,振り子が2つになります。人形とU字型のおもり。人形は肩のところで振れるのですが、輪ゴムを外してみると、どんなことが起きるでしょう。

それぞれの振り子がバラバラに動き始めました。人形もおもりもそれぞれがブランコ状態になっていますが、人形は時折、先ほどは見せなかった1回転をすることもある。まるで不規則(無秩序)に動いているように見えます。

「不規則に動いているように見える」と言いましたが、2つの振り子は実際にはある規則通りに動いていて、数式で書けます。今だって、先ほど「ブランコに乗っている子供の背中をお母さんが押す」と例えたのと同じように、「おもりが通り過ぎる時に押し出す」というルールは変わっていない。2つの振り子が一体化していた時と比べて、異なる力で押し出しているわけでもありません。でもなぜか、今度は、人形が時々不思議なタイミングで1回転をする。数式だけで表せる閉じた世界の中で、こういう“不規則な動き”が生じるということを「カオス」と言います。この振り子の場合は、条件を変えると規則的になる場合もあれば、カオス的になる場合もある。私はこれを数理的・物理的に研究しているんです。

―なるほど。物理・数学の世界での「カオス」は、一般的に使う言葉とは違う意味合いを持つんですね。「カオスを中心とした非線形物理学」の「非線形」についても教えていただきたいです。

まず、「線形」について説明します。「バネは、その伸ばした長さに比例した強さで縮む」と小学校の理科で習いますが、実際には伸ばしすぎたら縮む強さに限界が来るし、縮みすぎるとそれ以上は縮まなくなりますよね。つまり、「バネは、その伸ばした長さに比例した強さで縮む」というのは、あんまり伸びすぎず、縮みすぎない範囲だけの話です。この範囲での現象を線形と言います。伸びすぎたり、縮みすぎたりしたら、非線形になる。線形というのは「まっすぐ」という意味。ある程度の範囲を大きく外れて曲がってきたら「非線形」になります。

すごく乱暴な言い方をすると、世の中は非線形だらけです。例えば水の流れでも緩やかな流れであれば線形でほぼ説明できるんですが、流れが速くなると非線形になります。やかんを火にかけて、底をよく見ていると小さい泡が出てきます。その泡がだんだん大きくなってきて、どこかのタイミングで底から離れて、ヒュッと上がる。それも非線形現象です。

さっきの人形の振り子は、おもりと一体化しているときは、あまり大きく振れないので、規則的に前後するだけでほぼ線形の世界で動いています。線形の世界では時折回転するカオスは起きません。

これまで物理学でわかっている現象の多くは、線形のことです。なぜなら、非線形になると、解くことが極めて難しくなってしまうから。それもあって,多種多様で不思議な非線形現象は世の中にたくさんあるのに、あまり研究が進んでいません。日本全国を見ても、非線形物理を研究している大学は多くないんですよ。

「これも面白そう」という気持ちに従って、ここまできた

―一言で説明をするのが難しい分野だと思うのですが、先生は専門分野について尋ねられた時、どのように説明されているのですか?

そもそもこういう研究は,特に日本の場合、統計物理学という分野でやっています。空気は、酸素や窒素など多くの分子からできていますが、一個一個の分子には気体も液体も固体もないんですよ。水も氷も同じ水分子です。気体や液体や固体は、分子がたくさん集まることで出現します。そういったことを確率の視点から説明しようとする学問が統計物理なんですね。そこから拡がって,カオスのような現象を統計的に理解しようとしています。

統計物理学を説明する上で面白い実験があるので紹介します。

ゴム風船を膨らまさずにぐいーんと伸ばした状態で、おでこにつけてみます。そこで手を緩め風船が急に縮むると…。ひんやりしたでしょう?

中学などで学ぶように、気体は温めると膨らみ、縮めると熱くなります。ところが、ゴムという素材は逆で温めると縮み、急に縮むと冷たくなります。この風船の実験は小学生にも好評ですが、大学生からも「大学に入って一番驚いた授業だ」と言われました。小学生や大学の共通教育では、模型を使って説明し、大学の専門科目での統計物理では、この現象を数式を用いて多数の分子から理解できるようにします。

―物理を身近に感じられる実験ですね。先生が研究者を志したきっかけがありましたら教えてください。

その時その時に出合ったものに対して抱いた「これも面白そう」という気持ちに従ってここに来た、という感じがしています。

ただ、この分野の研究を始めることになったきっかけは、大学時代に受けた中で一番面白い授業だったから。当時授業をしていた先生は、今の僕とほぼ同じで、多分50代半ば過ぎだったと思います。その先生が、びしっとスーツを着てネクタイもしめて、ハンカチで汗をふきながら楽しんで授業してくれた。当時、ほとんどの物理の授業はスライドすら使わずに淡々と説明するスタイルが一般的だった中で、先生は黒板に図を描きつつ「ここが面白いんですよ」とか「こんな風になるときは止まっちゃう」とか言いながら授業をしてくれて。「ああ、面白い」「この先生の研究室に入りたい」と思いました。もしその先生が授業をするのが下手だったら、ぼくは今この分野に進んではいないでしょうね。後から思うに出合っちゃったという感覚です。

私たちには「知っておいた方がいい」ことがまだまだある

―今期の公開授業では今「遊び心と科学」という授業を担当されています。どんな内容ですか。

公開授業は、大学生にやる授業を公開するという位置付けなので、公開授業用に特別にアレンジしようとは考えていません。ただ、日ごろから授業や講座をする際は、対象がどんな方であっても「自然現象を面白がれるきっかけになれば」ということは意識しています。実験を見せるときのポイントは、途中でちょっといじること。例えば、先ほどの振り子の実験なら、電圧が変わるとどうなるかを見せていきます。「環境が変わると、運動形態が変わっていくことがある」ということが伝わると、物理を学ぶ面白さも増すんじゃないかな。

―公開授業などで、社会人が改めて大学で学び直すことにどのような意義があると思いますか。

私たちには「知っておいた方がいい」ことがまだまだあるんです。一つ典型的な例をお話しします。このメジャーを伸ばして、こんな風に振り子のように揺らします。

紐部分の長さを短くすると振子の周期(一往復の時間)が短くなり、長くすると周期も長くなります。さて、これをちょっといじってみましょう。紐部分を持っている手を、一定のリズムで揺すってもあまり揺れませんね。では,リズムをこの振子の周期に合わせると…。小さく揺するだけで、振れる幅がかなり大きくなりました。これが「共鳴・共振」です。ビルを建てるときには、ビルと地震が共鳴・共振しないように建てる必要があります。家の中にあるものも同じです。学んだことは、こんな風に生活とつながっていきます。

―面白い授業をするために心掛けていることはありますか。

その授業をしている人が面白がっていることが一番大事だと思います。面白そうにしている自分の姿を見て、授業を聞いた人の気持ちが少しでも動いたらうれしいですね。

実験では、受講生が「自分でもちょっとやってみたい」と思ったときにすぐに再現できるように誰もが手軽に手に入れやすい物を使っています。受講生が家に帰ってから、その実験を家族に見せてあげることができれば、本人も楽しいだろうし、家族もそれに興味を持つかもしれない。「難しい用語や数式は知らないけど、やったことがある」。その一歩はきっと大きい。だからあまり難しく考えず、まずは科学を楽しみに授業に来ていただきたいです。

(インタビュー実施日:2021/10/11)
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