人が人を「殺す」「殺さない」の分岐点は何か?
―先生の研究テーマについて教えてください。
赤崎 なぜ人は人を殺すのか。そして、「殺す」「殺さない」の分岐点は何なのか、というのが私の研究テーマです。
他害と自傷、他殺と自殺は表裏一体なんです。例えば殺人や放火などの触法行為を犯す場合は、ある程度のエネルギーが必要ですよね。そのエネルギーがない人は自殺に向かうかもしれない。同じ患者でも、どちらも選び得るということです。
特に関心を持っているのは、親が我が子を殺してしまう事案です。例えばいわゆる“無理心中”。親が「自分だけが死ぬと、残されたこの子がかわいそう」と考えて、まず子供を殺し、自分も死ぬつもりで多量の薬を飲んだけれども死ねなかった、というケースですね。一般的な感覚では「子供にとっては、殺される方がかわいそうだろう」と思うんですが、なぜ彼ら、彼女らは子供を殺すことを選んでしまうのか。それを精神病理学、つまり、心を病む人の体験を丁寧に描写し、その背後にある病理のあり方を明らかにしようと試みる学問で解明していこうというのが、僕の研究課題です。
―我が子を殺してしまうようなことが起きないようにするにはどうすればいいのでしょうか。
赤崎 同意なく、他者を巻き添えにして自殺を図ることを「拡大自殺」と言います。無理心中はもちろんですが、「死刑になりたい」という動機で、無差別殺傷事件を起こすことを「間接自殺」といいます。
医師がうつ状態・うつ病の患者を治療するとき、患者自身の自殺を防ぐことは当然大事ですが、同時に、周辺に子供や介護が必要な家族など弱者がいないかを見極めた上で、治療を進める必要があるんです。そうしなければ、患者が「死にたい」と思ったとき、周囲の弱者を巻き込んでしまうかもしれない。我々はうつ状態をきたす病気を治すのも重要ですが、周囲の社会環境にももっと目をむけなければならないと思います。自殺か他殺かを分ける要因の一つは、「周囲に弱者や面倒を見なければならない人がいないか」「借金などで追い詰められている状況ではないか」「孤立していないか」などの社会的な環境だと考えています。
―近年は虐待も多いですね。
赤崎 究極の虐待は、子殺しです。そのような人たちの鑑定もしていますが、みなさんそれぞれ事情を抱えています。うつ状態、あるいはうつ病だったという人もいれば、夫婦間の連携ができていなかった、夫婦仲が悪かったという人もいる。
子供を虐待死させてしまう人たちの多くは、不満や不安を抱えているのに、周囲に相談していないんです。虐待死が起きたとき、「誰かが手を差し伸べていれば」というコメントがよく報道されますが、事案を一つ一つ見ていくと、実際には支援の手は差し伸べられていることが非常に多い。でも、本人が「自分が弱い人間・情けない人間だと思われたくない」と差し伸べられた手を振り払ってしまっているんです。
―そのほか、関心を持っているテーマはありますか。
赤崎 マッチ一本で成立してしまう放火は、弱者の犯罪とも言われています。容疑者の話を聞くと、精神的に追い詰められていて「もう火をつけるしかない」と思いこんでしまった事案が目立ちます。うつ状態・うつ病で、十分な治療を受けていなかったために、起きてしまったケースも少なくない。無理心中や虐待も同様ですが、「医療や社会的な支援につなげられていれば、発生を防げたかもしれない」と感じることは多いです。
―鑑定医と臨床医の立場にはどのような違いがあるのでしょうか。
赤崎 鑑定は、公正で中立な立場が求められますが、精神科の臨床の現場では主治医は患者の味方です。ですから、鑑定と主治医の面接は全く異なります。鑑定は「相手が嘘をついている」と感じたら、「あなたの供述は矛盾しています、もう一回聞きます」と尋問調にならざるを得ません。「僕はあなたの味方です」とは、絶対に言えない。研修医や若手の精神科医を鑑定に同行させる機会も多いですが、みんな鑑定経験が浅いうちは、普段の主治医の立場との切り替えに苦労しています。
受講生が精神障碍者に抱いている偏見・差別を取り払う
―先生は、鹿児島大学で教育実践に顕著な成果をあげた教員を表彰する「ベストティーチャー最優秀賞」を受賞しています。普段、現役の学生さんたちにはどのような授業をされているのですか。
赤崎 先日、2年生向けの精神医学の授業が始まりました。実際にあった殺人事件の事例を加工した資料を提示して、「こういう症状が出てこういう事件になった」という説明をします。
僕が授業で意識しているのは、彼らが精神障碍者に抱くスティグマ(偏見・差別)を取り払うこと。必ず話すのは、「僕の授業を聞いていると『精神障碍者は事件を起こしやすい』と思うかもしれない。でも日本でも精神障碍者の刑法犯は右肩下がりで減ってきている。精神障碍者の犯罪は目立つから多いように感じるだろうけど、健常な精神状態の人の方が罪を犯している」ということです。
「君たちが病院実習に行ったとき、精神障碍者ににらまれたと感じたかもしれない。でも患者さんたちは君をにらんでいるわけではなく、『この人はどこから来た人?何者?』という恐怖心を持っている。その恐怖心を持つことは、病気の特徴です」
「君たちは怖いと思ったかもしれないけど、逆なんだよ。患者が君たちを恐れている。それを勘違いしないで」
僕は、精神科に対する偏見を一番持っているのは医療従事者だと思っています。だから、学生には「自分の家族が精神科の病気になったときに、僕のところに連れてくる?精神科ではなく、内科や心療内科に行くでしょう。それが偏見です」と話します。「偏見を持つのは、中途半端に精神医学を学ぶから。きちんと学んで正しく恐れて」、と。
―臨床の他、刑事事件の容疑者の精神状態や責任能力の鑑定もされています。多忙かと思いますが、何が教育へのモチベーションになっているのでしょうか。
赤崎 それは、簡単です。学生たちに「いい医療人になってほしい」ということに尽きる。鹿児島大学の保健学科には看護学、理学療法学、作業療法学の専攻がありますが、看護師、理学療法士、作業療法士になろうと思ったら、3年間の専門学校でも国家試験の受験資格は得られるんです。でも学生たちは、1年多く学ぶ大学を選んだ。だから「鹿児島大学を出たら、ワンランク上の医療人になってもらいたい」と伝えています。
学生教育とはいいますが、僕は医師なので、医学部の教え子たちはいつか同僚になる。医療はチームプレイですから、一人でもいい医療人がいた方がいいでしょう?将来の同僚、チームとして、育てているつもりでいます。
私たちは不安やストレスとどう付き合っていけばいいのか?
―公開授業では「カウンセリング論入門」を担当されています。先生が、ご自身の専門分野を一般公開される理由は何でしょうか。
赤崎 授業では、主な精神疾患と薬物療法・カウンセリングの治療についてお話ししています。一般の方たちにも聞いていただきたい一番の理由は、「こういう病気があるんだ」ということを知ってもらいたいということです。できるだけ多くの方々が正確な知識を持つことで、ひっそりと命を絶ってしまう、または追い詰められた身近な人に命を奪われてしまう可能性のある人たちを医療や支援につなげたい。「もしこんな状況や症状の方が周りにいたら、速やかに専門家に相談してほしい」という啓発活動のつもりで授業を公開しています。
―公開授業に興味を持っている方へメッセージを。どんな方におすすめしたいですか。
赤崎 健康とは身体の状態だけを指すわけではありません。心身共に健康であってこそ、真の健康と言えます。身体には健康診断や検診がありますが、心の健康状態はどのように確認すればいいのかわからない方は多いでしょう。心の健康を保つためには何に気を付ければいいのか。不安やストレスとどうやって付き合っていくのか。―そういうことを僕の授業で学んでいただきたいですね。
僕の授業に関心を持つ方の中には、ご自身や身近な方が病気を抱えているという方もいるでしょう。もしも今あなたが何かに悩み、苦しんでいるなら、周囲に困っている人がいるなら、どうぞ授業を受けてみてください。実際に、受講生から症状や治療についての相談を受けることもあります。公開授業であっても僕の授業を受けた人は、みんな教え子。何かあったら相談してください。