Vol.3
INTERVIEW

人も大学も、
問われることで考え、
考えることで変わっていく

~公開授業で知ってほしい“等身大の大学”

小栗 有子

准教授/地域社会コース/生涯学習部門

鹿児島大学は2013年、日本の大学で初めて「生涯学習憲章」を制定しています。この制定に携わった小栗有子先生は、鹿児島大学の公開授業制度の立ち上げにも関わるなど、「大学が地域とともにあるにはどうしたらいいのか」という問いに真摯に向き合ってきました。現在は、行政と連携し、地域住民の中に入って進むべき方向を考えていくといった社会活動にも取り組んでいます。「大学は誰に対しても、学ぶ、あるいは学び直す多様な機会を用意していく責任がある」と話す小栗先生に、生涯学習や公開授業への思いを聞きました。

プロフィール

小栗 有子

専門は環境教育学・社会教育学。 「国連持続可能な開発のための教育の10年」の国際的な運動に関わる中で、2003年に新設の鹿児島大学生涯学習教育研究センター(2015年に改組)に着任。以来、公開授業や社会人向け履修証明プログラムの立ち上げ、鹿児島大学生涯学習憲章の制定など大学と地域をつなぐ仕組みづくりに取り組む。一方で、市町村単位の持続可能な地域づくりと学習を接続するアクションリサーチに、自治体との教育連携を介して従事。2008年からは、学内分野横断型の鹿児島環境学プロジェクトに参画し、奄美群島をフィールドに土地に根ざした環境文化を継承・創造する新たな環境教育学の構築に着手する。 修士論文で取り組んだ沖縄県のリゾート開発と住民/団体自治問題のフィールドワークが研究の原点。

活動や研究のモチベーションはずっと
「地域に暮らす人たちのために」

-小栗先生が取り組まれている「地域活動」について教えてください。

小栗 私の地域活動としての出発点は、2003年に新設された鹿児島大学生涯学習教育研究センター(2015年に改組)に着任したときに、公開講座の開発に携わったことでした。大学が公開講座を一方通行で行うのではなく、地域のニーズに応えるにはどうすればいいのか、という観点で、行政職員の研修や、住民と行政職員が一緒に学ぶ場の開催などで地域に出ていくことが増えてきました。

また、鹿児島大学が2008年に立ち上げた分野横断型の研究プロジェクト「鹿児島環境学」にも携わっています。その一つが徳之島であり、奄美大島です。現在、「奄美大島、徳之島、沖縄島北部及び西表島」は世界自然遺産に推薦され、登録を目指しているところですが、私が関わった当時は米軍基地移設問題も起きていて、島としてどのような未来を選択をするのかという岐路にありました。そこで、住民と一緒に世界自然遺産の価値とは何か、ということを考えていく活動がはじまりました。

-自治体と組んで進める地域活動も多いそうですね。具体的にはどのようなことをされているんでしょうか。

小栗 例えば、行政がある計画づくりを進めたいと思っていたとします。その計画づくりを進めていく上で、住民たちとはどんな手順でどんなことを共有していった方がいいか、行政側はどんなことをするべきか―、ということを設計段階から関わっていくんです。行政が住民向けに講座をするときも、まず目的を確認した上で、その目的を達成するためにはどう運営するべきかをアドバイスしています。

-先生が現場を重視する理由と、活動や研究を続けるモチベーションは何ですか。

小栗 基本的には課題も答えも現場にあると思って活動しています。現場にある課題や答えを探求するために理論はもちろん大事なんですが、文献の中に答えがあるか、問いがあるかというと決してそうではありませんから。そして、現場に入り続けるのは、やっぱり「その土地で生きている人々のために」がモチベーションだからなんですよね。

あとは現場と学問のギャップ、つまり現場で終わらせないで、なぜ学問として理論研究をする必要があるのかということを考えています。自分の研究が現場に還って役立てばいいなとは思うんですが、その現場に私が責任をもてるわけではないですよね。その一つの現場そのものというより、その現場を支配している、影響を与えているものは何なのか、それをどうやって変えていけるのかを重視しています。私が勝負するところは、学知の世界だと思っています。

-大学院時代に沖縄のリゾート開発の研究をしたことが、ご自身の研究の原点だとか。

小栗 私の専門は環境教育学なんですが、修士論文のテーマは「バブルの乱開発の時期に、沖縄で地元への経済還元や環境に配慮したリゾート開発が実現できたのはなぜか」ということでした。

もう15年くらい前の話ですが、調査のために教授に沖縄に連れて行ってもらったときに、会う人会う人みんな「地域が」「地域が」っていうんですよ。私自身、それまで地域というものとあまり接点がなかったので、すごく不思議で新鮮でした。

当時の調査の方法としては、とにかく話を聞けそうな人を見つけて、電話帳で探して、会って、またほかの人を紹介してもらって芋づる式に会っていくという、まさに探偵みたいなことを続けていきました。その中で相手から常に聞かれたのは「なんのためにこれを研究しているのか」ということです。探求していく過程で、なぜそんなことを聞くのか、それが何の意味があるのかということをずっと自問自答させられる訳です。

沖縄の人たちは、これまでの歴史の中で、底辺で虐げられている人たちとそうじゃない人たちなど幾層にも分かれていて、虐げられてきた人たちが「それでもがんばって生きていくよ」とひょうひょうと語ってくれる。どんなに踏みつけられても回復していく姿を目の当たりにしながら、自分は研究者として、何のために研究するのか、だれのために研究するのかということを意識し続けなければならないと思いました。それが私の研究活動の原点ですね。

日本の大学で初めて制定した生涯学習憲章。鹿大にくさびを打ちたかった

―2013年に、鹿児島大学生涯学習憲章に尽力されたと伺いました。当時、日本の大学で初めての試みだったと聞いています。憲章には、どのような思いを込めましたか。

鹿児島大学生涯学習憲章

平成25年9月19日制定

 

鹿児島大学は、大学憲章の理念に沿って、自主自律と進取の精神を尊重し、地域とともに社会の発展に貢献する総合大学をめざしており、大学と地域をつなぐ営みとして生涯学習を推進します。

鹿児島大学は、古来より海上交通の要衝として多彩な文化を集積し、世界で固有の多様な自然と共生してきた地域に学び、成熟社会における新たな社会像、地域像、大学像を獲得できる生涯学習に全学で取り組みます。

地域のもつ知は大学及び大学人に新たな知的発見をもたらす宝庫であり、知的拠点としての鹿児島大学がめざす生涯学習とは、地域に生きる人びとと大学人がともに学び教え合う関係から知の循環を促し相互に成長していくことです。

鹿児島大学は、全構成員が生涯学習の理念を共有し、地域と世界を結ぶ視野をもって、生涯学習を組織的に実践するために、次の方針を掲げます。 

1.青年期の教育とともに、成人を対象とした教育に取り組み、生涯にわたる学習の機会を提供します。 

2.地域の発展の基礎となる多様な教育機会を用意し、激動の時代を生きる地域の人びとが、ともに支え合い、暮らしていくことに貢献します。 

3.大学の専門知と科学知が、地域の生活や経験と向きあうことを大切にします。そのことを通じて学問を鍛え直し、新しい社会を展望できる知を創造し、広く地域に還元していきます。 

4.鹿児島大学学生憲章の実現に向けて、学びの主体性を支え、進取の精神を養い、課題解決能力や実践力を育むため、学生が大学で修める学問を基礎に、地域とともに成長できる機会を保障します。

 5.柔軟で闊達な組織づくりに努め、大学と地域の相互理解を深める機会を創出し、生涯学習の推進を地域とともに発展する大学づくりの柱と位置づけます。

小栗 生涯学習憲章は、鹿児島大学が、社会の発展に貢献する大学として、地域とともに学び合い、教え合う、生涯学習の指針となるものです。これを制定することで、鹿児島大学の生涯学習に、くさびを打ちたいという思いがありました。

憲章が制定される10年前に鹿児島大学に生涯学習教育研究センターが新設されて、私はそこに採用されました。大学の資源、知見を、地域にどのように還していくべきかということを模索していたのですが、いくらセンターで熱心に取り組んでも、全学には生涯学習がなかなか浸透していかないんですね。そこをなにかブレークスルーとなるものがないだろうかと考えた結果、憲章を制定することになりました。当時ちょうど大学の理念を示す憲章づくりが流行っていて、憲章をつくるとそれなりに効果があったんです。「これが目に入らぬか」みたいなね。

憲章をつくる上で重視したのは、ここでもやはりプロセスです。学生、教職員、自治体が参加するワークショップを開いて、素案や提言を作り上げていきました。生涯学習がどういう経緯で生まれたのか、大学がそれにどのように関わるのか、大学が生涯学習に関わる意味はなんなのかということをかなり議論していきながら、全学に共通認識をもってもらうことを意識しました。憲章の質としても、理念的には必要なことをすべて書き込めたと思っています。

公開授業は、社会人が忙しい日々の中で立ち止まり、考える機会になる

―公開授業など、社会人が大学で学ぶ意義についてどのように考えますか。

小栗 普段、地域に入って活動をしていて感じるのですが、例えば行政職員でも、日々の業務が忙しくなると、今やっていることの意味や価値について、立ち止まって考える機会がどうしても減ってしまうんですね。でも私が研修などで何度も問いを重ねていくと、それをきっかけにみなさん考え始めます。どんな人も、情報を得たり、考えたり、顧みたりする機会を持つことで、変わっていくことを実感しています。

では大学はどうあるべきか。私が地域活動の現場で関わる方たちは、大学などの高等教育機関で学んだことのない方が圧倒的に多いんです。その方たちにとっては、大学の公開授業は「社会人の学び直し」というよりも、「大学でまず学ぶ」という機会になります。じゃあその時に人々の「大学で学びたい」という期待に耐えうる学知を大学は提供できるのか、ということも大学側は考えていかないといけないですね。

大学は、誰に対しても、学ぶ、あるいは学び直す多様な機会を用意していく責任があります。社会人の学びというと職業としての知識や知的財産などが求められがちですが、大学にはそれ以上の学びの深さ、豊かさを用意していきたいですし、それがあるということも訴えていきたいです。

―大学にとっては、地域に開かれていく意味はどんなところにあるのでしょうか。

小栗 今の大学は、大学が社会から求められていることは何なのかをキャッチして、チューニングしていかないといけないんです。地域とのチャンネルを持ち、地域からフィードバックを受けることで、変わっていけるんだと思います。研究の目的、内容、方法、教育の在り方、すべてが連動してくるはずです。これまで変わることを求められてこなかった大学にとって、大変なことではあるんですが、それでも努力し続ける必要があります。

教員としては、鹿児島大学は地域のことをわかっている大学でありたいですね。教員が地域の方から自分の専門分野について相談を受けたときに、ある程度の地域社会の状況や課題はわかった上で応えられる。それが地元に大学がある意味だと思います。

―公開授業をどんな人におすすめしたいですか。

小栗 これまで大学に縁がなかった人にこそ、ぜひ受けてみてほしいです。大学で学ぶことはハードルが高いと思っていた人も、もしかしたら「意外と身近だな」とか「大学ってこんなものなのか」と思うかもしれません。公開授業を、等身大の大学を知る入口としてとらえていただけたらうれしいです。

 

(インタビュー実施日:2021/3/1)
※撮影のため、発声していない状態でマスクを一時的に外しています。
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