Vol.12
INTERVIEW

先が見えない社会を
生き抜くための
「アンラーン」

~知識や先入観を捨て去り、他者から学び直す

酒井 佑輔

法文学部 地域社会コース 法経社会学科 准教授

人文社会科学を専門とする酒井佑輔先生の研究のキーワードの1つは「アンラーン」(学び捨てる・学びほぐす)。知識・先入観・習慣などを意識的に捨て去り、新たな学びにつなげることを指します。「先が見えない社会を生きていくために、大人はラーン(学び)だけでなく、アンラーン(学び捨てる・学びほぐす)をする必要がある」と話す酒井先生に、学び直しの意義を伺いました。

プロフィール

酒井 佑輔

新潟県出身、埼玉県育ち。東京農工大学大学院連合農学研究科農林共生社会科学(博士課程)修了(学術博士)。メキシコ日産、国際アグロフォレストリー研究センター(ICRAF)研究員等を経て2012年に鹿児島大学生涯学習教育研究センター(現:高等教育研究開発センター生涯学習部門)に着任。2017年より現職。「多文化共生の地域づくり」や「地域づくりとNPO」などの授業を担当。

学んできたことを捨て去り、「他者」からどう学び直すか

―人文社会科学がご専門ということですが、これまでどのような研究をされてきたのでしょうか。

博士論文は、ブラジル・アマゾンの日系移民がつくりあげてきた持続可能な農業として知られる森林農業(アグロフォレストリー)の形成・発展過程と、そこでの人びとの教育や学びがテーマでした。

キーワードは、「アンラーン」。アンラーン(unlearn)とは、learn に「(ある行為・状態の)逆・否定・除去・奪取・解放」を意味する接頭語の un がついた言葉です。近年では教育学ではもちろん経営学などでも頻繁に議論されている概念です。人文学では主に学んだことを意識的に忘れたり、知識・先入観・習慣などを捨て去ったりすることを指します。西洋・欧米中心主義の思想・考え方を当たり前とし、その範疇に収まらないものへ耳を傾けてこなかった歴史の反省から生まれた言葉です。

特権的な立場にいる人たちが、それまで学んできたことを一旦捨て去り、「他者」からどう学びなおすか。また、そういった関係性を「他者」とどう構築していくのか。当然だと思っている情報や、学校教育・社会で是とされているものについて立ち止まって考え直してみよう、ということです。

博士論文を書いたのは10年前のことですが、近年、ますます「アンラーン」の重要性を感じるようになりました。
価値観や思想が多様化する中、自分とは異なる主義や主張に直面したときに反射的に拒否反応を示す人たちをSNSなどでよく目にします。社会は急速に変わっていくのに、自分自身はアップデートされないままでいいのだろうか。僕たちは「他者」の考えやそのわからなさを一旦受け止め、自分なりに咀嚼できる力を身に着ける必要があると考えています。

―先生の研究テーマには「多文化共生」もあると伺いました。「多文化共生」とはどのような状態を指しますか。

「共生」と言う概念は曖昧ですよね。いろいろな定義が言われていますが、僕は「誰もが生活を脅かされない状態」と捉えています。本来は「人権」のような確固たる言葉が基礎にあるべきだと思います。

―「多文化共生」について、どのような調査・活動をされていますか。

自治体や団体から依頼を受け、地域から排除されがちないわゆる「他者」とされる人たち、例えば外国人労働者の生活環境やその課題について調査しています。調査をもとに、彼ら彼女らと地域との関わりを増やす仕組みや仕掛けを考え、共生を目指すのですが、「外国人」という括りで切り取って取り組むというそのアプローチに限界を感じているのも事実です。
一つのイシュー(問題)を解決しても、その人が抱える課題の本質的な解決にはならないからです。

ある外国人女性が抱える問題を例に考えてみます。
就労ビザで来日した外国人女性が日本の男性と結婚し、出産した。しかしその後、夫のDVにより離婚。日本には頼るあてもなく、育児をしながら働ける場所を見つけられず、孤立・孤独化し貧困状態に。子供も社会からこぼれ落ちていく――。

この女性が抱える課題はDV、シングル家庭、子供を育てる環境、学校教育などいたるところにあり複合的です。また、同様の課題を抱える日本人女性も少なくありません。しかし「外国人(女性)の問題」ということで焦点化し議論すると、ほかの問題との関係性が不可視化され抜本的な課題解決にまでいたりません。また、外国人と日本人という変な括りもうみ、両者を1つの土俵で議論しにくくしている現状もあります。

ただ、「少なくともこのイシューは解決したい」と考える地域や団体からのニーズは継続的にあるので、悶々としながらも調査や活動を続けているところです。

「社会への苛立ち」が研究のモチベーションに

―日ごろから、よく学外に出られて調査をされている印象があります。

社会科学的な課題や問いは、地域や住民のなかにこそあると思っています。学生にも「まずは地域にでないとわからない」と伝えています。
例えば、学生たちは学内でジェンダーの問題を意識する機会は少ないかもしれません。でも実際に地域に入ることで「公民館でお茶の準備をするのは本当に女性だけだ」と気づく。そんな生々しい、個別具体的なケーススタディーをたくさん持っていることが、研究に説得力を持たせると思います。

―先生の研究のモチベーションはなんですか。

娘が生まれてから、彼女が生きていく未来を見据え「この社会を少しでも良くしたい」という思いが確実に大きくなりました。社会に苛立つことが増え、その苛立ちこそが駆動する力になっている気がします。

―社会を変えるにはどうすればいいのでしょうか。

まず、我々大人が変わっていかなければならない。そのためにはやはりアンラーンが重要なんです。

日本社会ではこれまで大人が学び直せる機会が少なく、社会も学び直しを許容してきませんでした。
終身雇用を基本としてきたため、1つの企業で人生を全うすることが美とされます。縦ラインが重視され、複数のコミュニティーに所属することをよしとしません。副業・兼業や転職、就職後の大学院進学などがまだ世間的に広く認められていないのもその表れだといえるでしょう。

海外に目を向けてみると、雇用が流動的なアメリカなどでは、誰もが解雇されるリスクを常に意識しながら働いている。もちろんそれに良し悪しはありますが、だからこそ大人も学び直しやすい環境があります。

この日本で、大人がアンラーンする環境をどのように調整していくか。
まずは大学がパブリックセクターとして、大人向けに知をもっと解放していくべきだと思います。学生が学ぶ場だけでなく、大人が学び直しをできる場を提供していかなければならないのです。

しかもそこは、イシューレベルの解決方法を教える場でも、読み書きそろばんを教える場でもありません。大事なのは、社会教育。学校教育の枠外での「ノンフォーマル教育」、社会に出た後にそれぞれが必要なタイミングで教育を受け、仕事と教育を繰り返す「リカレント教育」、新しいスキルを身に着けて新しい仕事に就く「リスキリング」――。こういった大人向けの学びの環境を、もっと充実させていきたいです。

痛みを受け入れながら、自分を変容させていこう

―公開授業でこれまで担当された授業はどのようなものですか。

「多文化共生」の授業を担当しています。「多文化共生」という言葉の概念・関連法などの説明もしますが、受講生に問いを投げかけることも多いです。
例えばよく耳にする「日本が閉鎖的なのは、島国で単一民族だから」は、本当なのでしょうか。
第二次世界大戦中、日本は世界に対して「日本は多民族国家」だと宣言していたことを知っていますか?イギリスも島国ですが、閉鎖的でしょうか?
まさにアンラーンして、「もっと知りたい」という気持ちになってもらうことを狙った授業です。

―学生や社会人受講生の反応はいかがですか。

「目から鱗だ」「実践に生かせる」という感想もいただいています。
ディスカッション形式の授業ということもあり、学生・社会人ともに、互いが真剣に学ぶ姿から刺激を受けているようです。また社会人の方からは「学生がこんなに真面目に取り組んでいるとは驚いた」「若者を再評価する機会になった」という声も聞きました。

知識を得るだけでなく、自分とは異なる環境にいる人たちとの関係性の中で理解を深めたり自身が変わったりしていく過程も楽しんでいただきたいです。

―最後に、社会人が学び直すことの意義を改めて伺えますか。

今は是だと信じているものが、5年後には悪になっていてもおかしくない時代です。先が見えない社会を生きていくには、僕たちはアンラーンしていかなければならない。

公開授業を受講する方々には、「『学び直しをしたい』と考えていること自体がすごい!」と伝えたいです。
アンラーンって、痛みを伴うんですよ。ときに信じてきたものが否定されたり、それまでの立ち振る舞いの是非が突きつけられたりするわけですから。

痛みを受け入れながらも自分を変容させていく。皆さんが今、その一歩を踏み出そうとしていることに心から敬意を表します。

(インタビュー実施日:2023/2/20)

※撮影のため発声していない状態でマスクを一時的に外しています。

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