ゴリラやチンパンジーも「社会」の中で生きている
―先生の研究テーマを教えてください。
野生の霊長類を通して、人間社会のルーツや進化を研究しています。メインとしている対象はゴリラ。大型類人猿と呼ばれる仲間で、系統的に人間に近い動物です。
サルと人間の社会がどうつながるの?と思うかもしれません。サルは基本的に群れで生活するため、人間と同じように社会があります。例えば、人間はもともと、女性が嫁ぐ父系社会だったと考えられていますが、ゴリラやチンパンジーもメスが群れを出ていくことから、父系社会が基本です。
しかし、ヒト、ゴリラ、チンパンジーの社会は全く同じではありません。チンパンジーは複雄複雌で離合集散する社会をつくります。つまり多くのオスと多くのメスで一つのグループをつくり、そのグループはバラバラになったり、また集まったりします。一方で、ゴリラは一夫多妻。一頭のオスに多くのメスが集まった、小さなグループで暮らしています。それぞれ何が影響してそんな社会構造になったのか、そして何が人間の社会につながってきたのか―。それらを明らかにしたいんです。
―霊長類に興味を持ったきっかけは何ですか。
きっかけは、高校生のころアメリカの動物学者であるダイアン・フォッシーの実話を基にした「愛は霧のかなたに」というドキュメンタリー映画です。私の専門は霊長類学なんですが、ダイアン・フォッシーは、霊長類学の誕生のころに、アフリカのジャングルに入り、マウンテンゴリラの生態を調べた女性。そこから霊長類、特にゴリラに興味を持ち始めました。
わたしが大学院生のころは、ゴリラが生息する国や地域の政情が悪く、学生が入れるような状況じゃなかったので、就職してからようやくゴリラの研究ができるようになりました。
―研究をする中で「楽しい!」と思うのはどんなときですか。
そうですね。やはり、フィールドワークをしているときが一番楽しいです。
一日中、ストーカーのように彼らの後をつけていくんですが、さまざまな面白い行動を見ることができます。それぞれに個性も出るんですよ。あとは、調査から帰ってきて、予想していた通りの結果がデータでも現れたときは、「おお!」っていう感動がありますね。
警戒心が強いゴリラは、人に姿を見せてくれるようになるまでに数年かかる
―ゴリラは一夫多妻ということですが、そもそもメスのほうが多く生まれるんですか?
いえ、生まれるときの雄雌の割合はだいたい1対1です。ほかの動物同様に、オスのほうが若いころに死ぬ確率が高くはあるんですが、生まれる比率はそれほど偏りはありません。繁殖相手のメスがもらえないオスゴリラは、1頭で暮らしている個体もいます。自分の子供を残せないまま死んでいくオスもいるのではないかと思います。
単独オスを観察していると、相手がいないからといって、そこまで悲観的になっているようには見えないんですよね。1頭で食っちゃ寝、食っちゃ寝しながらのんびり1日を過ごしているゴリラがいるんですが、それはそれで幸せなんじゃないかと思うこともあります。
群れは群れで大変ですから。群れを構えたとしても、メスを奪いにほかのオスがやってきますし、オス同士で戦うときにかかるストレスもまた大きいでしょうね。実際に彼らがどう感じているかはわかりません。
―野生のゴリラを観察していて、危険はないんでしょうか。
ゴリラは霊長類の中でも特に警戒心が強い動物です。研究者は自分たちの存在をゴリラに認識してもらって、少しずつ距離を詰めていきます。最初は人間を見ただけで逃げてしまうんですが、それでも毎日追跡を続けると、数年がかりでようやく彼らが私たちの存在を許してくれるようになり、観察ができるようになってから、本格的な研究がスタートします。
―ゴリラが生息しているのは国立公園などの保護区になると思います。ゴリラと接触するためには、レンジャー(管理員)や現地の人たちとの関係作りが重要になりそうですね。
そうなんですよ。私たちの研究グループも、「多くのゴリラが生息するらしい」という場所に聞き込みに訪れ、村長さんに「研究のために来ました。滞在させてください」とお願いすることから始まりました。
国立公園には公園のパトロールや自然の保護管理を行うレンジャーもいるんですが、私たちが大切にしているのは「村人たちが、自分たちの森を自分たちで守れるようになる」ということです。だから私たちは、村人と一緒にゴリラの追跡法を開発することにこだわっています。今はコンクリート造りの研究施設ができましたが、最初は森の中にキャンプサイトを作って、一緒に働く村人と寝食を共にしていました。
私たちは彼らにお金を出して働いてもらっているんですが、雇用者・被雇用者の関係にならないように、あくまでも、彼らの場所で私たちが研究をさせてもらっているということを意識しています。その姿勢を前提とした関係作りは、私たちのグループだけでなく、日本の研究チームの伝統と言えると思います。
―現在は新型コロナウイルス感染症流行の影響で海外での調査は難しくなっていると思いますが、どのように研究を進めているんですか?
ガボン共和国をフィールドとしているのですが、ここ2年くらいは調査に行けない状態が続いています。今我々のカウンターパートとして、現地で調査を続けてくれているのは、鹿児島大学はじめ日本の大学に来て学位をとった若い研究者たちです。彼、彼女らは、帰国後、自国の研究機関に入って研究者のポストに就いています。ゴリラの研究は継続調査をしないといけないので、現地に信頼できるパートナーがいるのはありがたいです。
ゴリラの寿命は50年。つまりゴリラの一生を知ろうとすると調査に50年かかります。一方で、一人の研究者が研究できる期間はせいぜい20~30年ですよね。だから、同じ場所にいろんな研究者が入りながら研究を継続していくというのが、ゴリラだけではなく霊長類の研究ではスタンダードなんです。私がいつか調査ができなくなっても、同じ研究分野の若手研究者がそのゴリラの人生の続きを見てくれるんですね。
「学びたい」「知りたい」という気持ちに、年代や職業は関係ない
―人間以外のサルを比べたときに、先生の目に、今の人間社会はどのように映りますか。
人間は、ほかの個体、つまりほかの人間とのつながりがどんどん弱くなっていると感じます。
サルは群れで暮らす動物なので、一個体で生活が完結することはほとんどありません。頼り頼られながら生きていきます。でも、いまの人間社会は、一人でも生活が成り立っちゃいますよね。特にコロナ禍で他者との接触を極力減らすことが求められる社会になりました。私自身も誰とも話さないまま大学に通勤して、誰ともリアルでは顔を合わせることなく仕事をして、帰宅することができてしまいますが、社会としてはちょっといびつに感じます。人間はそもそも、他者と関わりながら生活する生物なんじゃないかな。だからこそ、孤独が続くと不安になるんだと思います。
―今期の公開授業では「動物の感覚・脳・行動」を担当されるということですが、どのような内容ですか。
動物の行動に焦点を当てた授業です。鹿児島大学のさまざまな学部の先生が研究している、さまざまな動物の話を一つの科目で聞けるので、動物や自然に興味がある方は面白いと思います。もともと学生向けの共通教育での教養科目なので、「文系・理系に関わらず自然科学に興味を持ってもらいたい」という思いで構成された授業です。
社会人の方は、学生よりも熱心に聞いていただいている印象があります。質問をいただくことも多いですよ。「庭にこんな動物が来ているんですが、この動物について教えてください」というような質問をされたこともあります。
―公開授業を受ける方にメッセージを。
「学びたい」「知りたい」という気持ちに、年代や職業は関係ありません。私が研究者という立場だからこそ、見たもの、知ったことがあると思うので、それらを少しでもお伝えすることで、みなさんの動物や人間、社会への興味を深めていただけると嬉しいです。